音楽と映画の関係性を追究した『高雄ダンサー』~第26回東京国際映画祭

(取材日:2013年10月20日/取材・文・写真:Qnico MIC INAMI)

 『高雄ダンサー』は、2013年の東京国際映画祭 ワールド・フォーカス「台湾電影ルネッサンス2013」の一本として上映された映画である。とはいうものの、その作風を見て正直に言うならば、この映画はこの特集で上映されるべき作品ではなく、この枠組を超えたところで評価されるべき映画だった。
  画家であり、彫刻家であり、詩人である韓国人のファン・ウチョル(黄宇哲)監督と、ピアニストであり、パフォーミングアーチストである台湾出身のホー・ウェンシュン(何文薫)監督によるコラボレート。プロデュースは日本。ふたりの監督はともに、そのバックボーンからして芸術指向が高い。
  ふたりの監督を代表して、ホー監督に話を聞いてみた。
東京国際映画祭上映後の関係者一同(敬称略):左より安藤(制作総指揮)、小林PD、
エド・パン、クライ・ホアン、クオ・ユィティン、ホー監督、ファン監督、テイラー(音楽)

――ホー監督は、昨今の台湾の新人監督としては少々変わったバックボーンをお持ちのように思います。経歴から伺えますか?

ホー「私は、小さいときからダンスとピアノを習っていて、ニューヨーク大学で映画音楽を勉強し、続いてアメリカン大学で映画製作を学びました。その後、デザレス大学の映画科でプロフェッサーになりました。
  音楽理論とは、いかに音符を読んでそれを表現するかということだと思いますが、その空間的あるいは時間的な表現の仕方というのが、映画の制作――撮影し編集しフィルムにすること――と非常に関連性があると考え、音楽と映画の関係をずっと研究していました。
  その後、アメリカを離れてチェコに移り、音響の実験的な研究をし、2005年からシンガポールの南洋理工大学に創設されたばかりのアートデザイン&メディア学部にパイオニアとして呼ばれて、そこで研究を続けながら学生たちに教えることになりました。
 シンガポールでは、音楽と映画とダンスをミックスする研究に着手し、並行して2008年に上海音楽学院で、音楽を主体としながら演技と踊りを表現するということを始めました。
  そして、2009年に南洋理工大学の教授の職を辞めて、早稲田大学の安藤紘平研究室に入りました。安藤研究室で、今まで研究してきた音楽・映像・ダンス・舞台を全てひとつにし、それを映画に表現するということを研究しています。
  (共同監督の)ファン・ウチョルは、シンガポールの南洋理工大学での同僚です。彼も視覚的方面から映画を研究し教えていました。彼もニューヨークで映画を勉強していて、美術をいかに映画に表現するか研究していて意気投合し、一緒に安藤研究室に来て、映画に表現するということを実践したのです」
『高雄ダンサー』は、3人の男女の18年を3つのエピソードで綴った長編劇映画だ。大好きな幼馴染の少女イーのため、ふたりの少年コンとチーが海底に眠る難破船に宝物を探しに行く最初のエピソード。生まれ育った町から都会へ旅立とうとしたことから、チーが罪を犯すことになり、3人の微妙なバランスが崩れる9年後。そして、そのまた9年後のエピソードでは、犯罪者となったチーが、婚約したコンとイーに再会する。
――『高雄ダンサー』には、時々実写ではなく絵が入ってきますね。あの絵による表現はとても個性的で惹かれるものがあります。本来静止画だと思いますが、アート系のアニメーションのような動きを感じました。あの絵はファン監督が?

ホー「そうです。絵は彼が描いています。私は音楽と映像を研究していたので、1枚1枚の絵が動く感じ、35ミリフィルムの1コマ1コマが動く感じで絵も動くようにしたのです」

――非常に意欲的な試みですね。最初からどのシーンで入れるか綿密に計画を立ててされたのですか?

10月23日同映画祭・
台湾シンポジウムで。
ホー「ものすごく細かく設定して作りました。これ以前に短編で『水』という作品を作っていて、そこでも試みましたが、彼が絵を描いて、私と別の同僚とが特殊効果を使って、いかに撮影してそれを映像に表すかということを検討しました。視覚的に絵画が動いていくのを見せるということは、まさに私が研究してきた音楽と同じなんですね。音楽もやはり韻律というのがありますから、どうやって韻律を最終的に音符に表すかということ、そして、それをどう曲にするかということと非常に似ています。ポリリズムとかポリトーナルといったもので、武満徹の、時間と空間を音楽の中に入れるという音楽哲学の影響を受けています」
編注:「ポリリズム(polyrhythm)」声部によって拍の位置が異なること、またはそのようなリズムのことである。拍の一致しないリズムが同時に演奏されることにより、独特のリズム感が生まれる。(ウィキペディアより転載) 
編注:「ポリトーナル(polytonal)」ウィキペディアによると、「多調(たちょう)」とのことで、同じ楽曲の同じ時間に異なった調が同時に演奏された状態、またそのことを意図した作曲法を指す。
――3つのパートは、それぞれの時間的な間隔を9年ずつ空けて設定されています。10ではなく「9」なのは何故なのでしょう?「9」という数字には何かこだわりが?

ホー「まず、永久という意味に繋がります。3・3・3……これも武満徹の考え方なのです。空間と時間は同時に存在して、未来と過去も同時に存在するという考え方です。音楽と映画の関係が時間と空間を表すように、映画の中でもそれを表すことができるという考え方。特にデジタルですので」
編注:「久」と「9」は中国語でも同じ発音になる
ここで、ファン監督が合流する
ファン「『9』がいちばん大きな数で、終わりでもあり始まりでもある。永遠に繰り返していく、そういう意味もあります」

――なぜ高雄を舞台にしたのですか?

ホー「もともとの脚本はファン監督が書いたものでした。彼は韓国のヨス(麗水)出身で、私は高雄の出身です。ヨスは高雄によく似た海辺の都市ですから、ふたりの出身地には共通点がありました。(この映画の制作前に)短編をトリノと香港の映画祭に出し、香港ではACE-HAF(Hong Kong Asia Film Financing Forum=香港亞州電影投資會)に通りましたので、(資金提供を受ける上で)中国語映画にすることになり、台湾で撮ることにしました」

ファン「高雄の人たちの人情も大きかったですね」
編注:「香港亞州電影投資會」香港国際映画祭に併設されているフィルム・ファウンデーション
――ところで、ホー監督は、アメリカに留学されて以来、ずっと台湾以外の場所にいらしたわけですか?

ホー「そうです。17年間になりますね」

――ここ7,8年、台湾映画界では新しい監督が出てきて、活気づいているんですが、『高雄ダンサー』は明らかにそれらとは異なるポジションにありますね。外から今の台湾の映画を見て、どう思われますか?

ホー「うーん……ごめんなさい、台湾映画を見てないんです。国際映画祭などに参加していろいろな国の映画を見てはいますが、台湾の映画についてはそんなには知らないんです。次に撮る予定の映画『夏花冬蝶』が2010年の金馬創投会議で入選したので、そのときから台湾映画にも関心を持つようになったところです」

ファン「次のプロジェクト(『夏花冬蝶』)は、東京でも上海でも可能性はあります。どこでも表現できるものだと思います」
編注:「金馬創投会議」台北金馬影展に併設されているフィルム・ファウンデーションで、台湾映画界への資本誘致と人材発掘の場。
今回、諸般の事情により、ファン監督が考える絵画等の芸術と映画の関連性を聞くことはできなかったが、映像にどうアプローチするかという点で、ふたりの監督がともにユニークな方法論を実践しているのだということが、ホー監督の話から見えた。映画の舞台がどこであるかについてもニュートラルで、それこそ映像のなかで理論を実践することが第一であるようだ。今後もしばらくは実験的な試みを続けていくのだろう。
  昨今の台湾映画という文脈で考えた場合、エンターテイメント偏重という声もある。そんななか、本作のような実験的作品、アート志向の作品は貴重だ。制作され上映される作品に幅があってこそ、映画界は健全と言えるのだから。
前列左から、ファン監督、ホー監督。後列はメインキャストの3人、左から、エド、クライ、クオ。

【『高雄ダンサー』データ】
中国語タイトル:打狗舞
英語タイトル:Takao Dancer
2013年台湾
監督・プロデューサー・脚本・撮影監督・編集:ホー・ウェンシュン(何文薰)
監督・プロデューサー・脚本・撮影監督・美術:ファン・ウチョル(黄宇哲)
制作総指揮:安藤紘平
プロデューサー:小林美也子
録音:瀬川徹夫
音楽:ディラン・テイラー
出演:エド・パン(潘永)、クライ・ホアン(黄克敬)、クオ・ユィティン(郭育廷)

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